140年の歴史を閉じた旧福川小学校校舎。平屋建てで、保育園や福栄体育館と一体化したデザインと、校舎中央のプレイホールが特徴。竣工当時は、見学のための来校者が多かった。
道の駅「ハピネス福栄」の上から、遠く福栄小・中学校校舎を望む。
道の駅“ハピネスふくえ”。地域で育った新鮮な農作物や花き等の特産品を販売。閲兵餅やじょうきまんじゅう等も販売されている。8月の道の駅祭り、11月のふるさと祭り、12月のシクラメンフェア等で賑わう。
紫福地区にそびえる紫雲山。阿武火山群の溶岩台地の一角をなし、農作物に適した肥沃な土壌が広がる。
紫福中山地区に残るキリシタン墓標群。江戸時代に禁教となり迫害を受けた信者が山口から辿り着いたとされる。地区内には、その他にも数カ所墓標群が残る。
長沢台生産組合の長萩和牛。大自然の中でのびのびと数百頭の牛が育つ。品質は最高級品。
世界遺産に指定された大板山たたら製鉄遺跡。江戸時代の製鉄所跡。日本古来の伝統的製鉄方法で、砂鉄と木炭を炉に入れ、ふいごで風を送り、高温で砂鉄を溶かして鉄を生産。
江戸期時代中期から後期に3期にわたって操業。特別な技術者集団として、主として石州や芸州の人が働きにきていた。長州藩初の西洋式軍艦の釘や碇も作りあげ、近代工業化への橋渡しの役割を果たした。
紫福地区にそびえる鍋山。お椀状の形が特徴。阿武火山群唯一の溶岩ドームで、空から見下ろした際にも、形からすぐにそれとわかる。
長沢台生産組合付近から長沢台を望む。約200万年前から1万年前にかけて噴火した阿武火山群の溶岩台地の一つである。
羽賀台。現在は、広大な土地が田畑として利用されている。ここで幕末に大きな軍事演習が行われた。
羽賀台に残る天保閲兵の碑。字は毛利元昭公による。天保14年、村田清風の進言により、毛利敬親が大軍事演習を行う。吉田松陰先生も軍師として参画。石碑のあたりに本陣が置かれた。現在は、桜の名所ともなっている。
紫福地区にはたくさんのキリシタン墓地が点在。現在も、信者のお参りがある。
144年の歴史に幕を閉じた旧紫福小学校校舎。中庭が見事で、PTA手作りの池等が残る。二宮尊徳幼少の像、大きなハナキササゲの木も名物。
標高400m近くに位置する台地で、春や秋の早朝には見事な雲海が広がり、絶景を味わうことができる。